長沼町の歴史
昭和元年〜昭和10年(1926年〜1935年)
  
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大正15年・昭和元年(1926年)
第三小学校にガス設置、第一小に電気点灯される。
 青年訓練所設置決定する。(7月1日開所、村内小学校全部8校において人員339人、教育時間年間2百時間、教科目、修身公民科、普通学科、職業学科、軍事教練科)
夕張鉄道栗山−夕張間開通する。
この年凶作対策として種籾費用として1万円の起債を議決したほか、生活困窮者に準地方費道3線の工事に出稼させる。(収穫皆無75戸、5分作以下250戸、総じて水田5分作畑6分程度であった)
昭和2年(1927年)
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南長沼土功組合工事完成する。(10月12日)
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長沼村報発行する。(6月より)
昭和3年(1928年)
1928.9.14 本月初旬より連日降雨続き夕張川はん濫、関係住民及び青年団応援して防堤するも北11号地先と木詰地区2ヵ所決壊1万6,000円の被害をうける。
この年から昭和4年にかけて夕張川両岸堤防工事13万円を地方費より支出する。
中央小学校、第三小学校、第一小学校、各校増築中。
昭和4年(1929年)
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南長沼土功組合灌漑水路完成新規造田1,840町歩、水田のまち長沼に向って画期的事業開始する。
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夕張鉄道着工したが、由仁軌道挫折する。
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由仁軌道株式会社に鉄道停車場敷地として市街地南側を貸与することを決定したが、同鉄道工事挫折したため中止する。
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南長沼土功組合灌漑用水路完成に伴い造田者に対し3ヵ年の減税方嘆願書提出する。
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運河橋架替工事終わる。
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南長沼土功組合第一期落成式挙行する。(新田約2、000町歩)
昭和5年(1930年)
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一般に気温順調であったが米価暴落し不況となる。又夕張川二度にわたってはん濫、被害は甚大であった。
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11月待望の夕張鉄道開通、長沼駅の設置に伴い北市街地生れる。
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8月17日から9月3日まで連続降雨あり、このため夕張川堤防決壊して十数日滞水、畑作中菜豆類品質低下して売物にならずほとんど収穫皆無の状態となる。更に11月22日に再度夕張川はん濫堤防決壊し、納屋及び野積中の稲に浸水し被害重なる。(被害別、堤防決壊20間、沈下7ヵ所、道路決壊15ヵ所、浸水住家87戸、納屋72棟、水稲1,479町歩、畑作物89町歩)
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8月夕張鉄道第二期(栗山−野幌間)開通祝賀会で。農会と実行組合、地主会協力してもち米の宣伝を行なう。
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夕張鉄道開通し、長沼駅設置に伴い北市街創設される。
昭和6年(1931年)
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大水害、霜害、稲熱病蔓延と被害重なり加えて昨年からの米価安のため、この年から昭和時代戦前で最悪の年が続く。
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5月下旬より6月中旬にかけて連続降雨、夕張川はん濫し滞水のため耕耘出来ず。
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播種した耕地も浸水のため腐蝕してほとんど再播種する。
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6、7月も冷温にして7月中旬の状況は一粒の収穫も見込みなしと思われる。
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水田3分5厘作、畑5分7厘作となる。
昭和7年(1932年)
7月下旬以降8月中連続降雨、更に9月5日の豪雨により夕張、千歳両川大はん濫し、昨年に引続き昭和時代戦前最大の水害の年となる。
水災害の状況
この年7月までは気温順調なるも、7月下旬より降雨、各河川及び排水増水中、8月3日より、5日、9日、14日、15日、24日と降雨あり、田2,200町、畑120町に浸冠水し、滞水中、更に9月5日坪当り86ミリの豪雨あり夕張川堤防6ヵ所決壊し、570戸の農家と、3,000町歩の農地は完全に泥海と化し、畑作とあわせて7,700町歩金額72万円の損害に達し、浸冠水したる居住家802戸となる。
災害救助の状況
避難所、中央小、第三小、舞鶴小、人員延19,145人、収容日数9月6日−9月27日、支給した種籾(翌年分)5,358俵、治療者96人、その他流失住家仮小屋13戸。
1932.09.- 政府救済米1,000俵払下げ行われる。
石狩川、江別川、夕張川、千歳川の各沿岸町村治水促進期成同盟会を組織し、各町村実行委員をあげて夕張川切替、同鉄橋の工事促進に猛運動を行なう。
昭和8年(1933年)
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春以来気温良く豊作を期待したが前2ヵ年に引続き5月と8月に水害起り、3ヵ年連続の水魔に襲われて村民窮乏の極に達する。中央小学校の正面校舎520余坪改築完成し、近隣にない壮麗をうたわれ、特に作法室は評判となる。
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北長沼郵便局業務開始される。(11.1)
昭和9年(1934年)
渡辺村長ら夕張川工事進捗のため石狩川治水速成会役員らと上京し猛運動を行なう。
凶作年であったが村内農産額前年比2割増となる。(価格高による)
道庁において行った工事、南9号排水改修(1万円及び運河橋架替3,300円及び馬追橋架替35,000円)される。
千歳川切替により水位約1メートル低下する。
夕張鉄道長沼駅乗客年内12,305人、降客12,744人。
昭和10年(1935年)
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本年天候不順のため、出水4回、稲熱病及び霜害の被害甚大、農民生活困窮甚だしかった。水害のため収穫皆無の者に諸税免除、水田750町3反、畑24町5反、税額4,270円徴収せず。
1935.9.17 長沼村農会、南北両土功組合の合同事務所を現役場前庭西側に建築する。
  
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